アカデミー賞外国語映画賞を受賞したイラン映画「ザ・セールスマン」。新宿シネマカリテで見てきました。アスガー・ファルハディ監督の映画は「別離」「ある過去の行方」を見ていますがどちらも素晴らしく、毎回間違いない作品を撮る監督としての凄みをヒシヒシと感じておりますので今回も期待大で映画館へ向いました。
スタッフ
監督 アスガー・ファルハディ
脚本 アスガー・ファルハディ
撮影 ホセイン・ジャファリアンキャスト
シャハブ・ホセイニ エマッド・エテサミ / タラネ・アリシュス ティラナ・エテサミ/ ババク・カリミ ババク /小さな劇団に所属し、作家アーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」の舞台に出演している役者の夫婦。ある日、引っ越したばかりの自宅で夫が不在中に、妻が何者かに襲われる。事件が表ざたになることを嫌がり、警察へ通報しようとしない妻に業を煮やした夫は、独自に犯人を探し始めるが……。劇中で描かれる演劇と夫による犯人探し、そして夫婦の感情のズレを絡めながら、思いがけない方向へと転がっていく物語を描く。
ザ・セールスマン (Forushande)(2016)(124分)
★★★☆☆ 85点
今回も素晴らしかったです。アスガー・ファルハディ監督の作品は、観客である私達が、主人公たちの至近距離にいる感覚があります。イランのある家庭の家の中に入り込んでいて、登場人物と一緒に部屋を移動し、同じ空気を吸っている感じです。演出の妙というものなのでしょう。そうして描かれる事件は新聞の片隅にものらないけれど、家族やパートナーに起こる重い悲劇を題材にしております。これが私達にも起こりうるような出来事でそれが本当に怖くてその場から逃げ出したく成るようなスリラーになっていると思います。
また、意外性に満ちたストーリーが面白いです。冒頭。夫婦が住まいを変えなければいけなくなる理由がマンションの倒壊危機です。私の日常では身近には感じませんが、イランと言う国ではよくあることなんでしょうか?
こんな感じで見ている私の頭の中に少し「?」が入ってきます。このように私達の感覚とのズレをところどころにはさみながら、それを時に納得させたり、「?」のまま残してゆく。物語の中で描かれるイスラム教の風習や考え方がその最たるもので、常に見る側の感性を刺激してきて映画の魅力を引き上げていると思います。
今回の「ザ・セールスマン」は妻が暴行された犯人に復讐する話ですが、ここでもイランの環境と考え方は我々のそれとはかなり違ったもので、非常にもどかしい思いがします。しかしそれらは真相が解るにつれ加害者側も締め付けてゆきます。またそのもどかしさは主人公の夫も苦しめます。
このような構造をやってのけ、素晴らしい映画に仕立て上げるアスガー・ファルハディ監督とてつもない手腕を感じます。
しかし今回の「ザ・セールスマン」は「別離」に比べて、若干理解仕切れない感覚が残っています。それは主人公たちが劇中で「セールスマンの死」というアーサー・ミラー原作の演劇を演じていますが、主演のタラネ・アリシュスのインタビューによるとファルハディ監督は劇中の「セールスマンの死」の演劇稽古を1ヶ月間もやったそうです。この演劇と映画の相互作用が私には読み取ることが出来ずに見終えたので気になっております。これが少しこの映画と私に距離を置かせている結果にもなっておりますが、もしかしてそれも監督の計算ずくでしょうか?
しかし、期待通りすごい映画だったことは確かであり、監督への賞賛の念は今まで以上に感じております。
「至近距離で見る異文化と日常のスリラーに酔う「ザ・セールスマン」感想でした。
▲ 監督の2009年作品タラネ・アリシュス主演。
これだけ未見、現状絶版でプレミア価格が付いてます。見たいです・・・